天国(五次元の故郷)


現実は激しさを増していました。不景気で派遣切りが当たり前なので理不尽な境遇にも逆らえず、ガソリンが高値を更新していく中の長距離通勤、我が家は困窮していくばかり。まさに負のスパイラルから抜け出せない状態でした。

 

仕事中、いっそこのまま家に帰って仕事など辞めてしまおうかと何度も思いましたが、辞めてしまうと今度はさらに地獄の就職活動が待っています。かつて何度か味わった、履歴書を送っても送っても返ってくる不安と恐怖。何とか面接まで漕ぎ着けても、数週間後にかかってくる不採用の電話。そのときの落胆、絶望を思い出すと、とても今勤めている仕事を辞めることなどできませんでした。

 

ある日のこと、どうして自分はこんなに苦しまなければならないのか、深く考えながら床に就きました。そして、いつものように金縛り状態から幽体離脱をし、空中遊泳を楽しんでいると、急に私の霊体が、さらなる上空へと引き上げられたのです。それはまるで、強力なバキュームのようなもので吸い上げられるかのような感覚でした。頭から真上に吸い込まれるように、私は遥か上空へと引き上げられていったのです。

 

瞬く間に私は、雲の上のような世界に連れて行かれました。

そこはもう、白黒の世界ではありません。眩しいほど色鮮やかな世界でした。とてつもなく美しく、途方もなく広い、真っ白な雲の上。私は直感で、そこが天国であり、あの世と呼ばれる場所だと感じました。

 

そこには、光輝く眩しい存在が、五、六人ほどいました。その存在たちは、雲の上に立っていました。その存在たちこそが、私が朧気ながら漠然とイメージしていた神様という存在だと、そのとき強く感じました。

 

目映い光に目が慣れてくると、その存在の容姿が少しずつ見てとれるようになりました。驚くべきことに、彼らは私と同じ姿かたち、顔をしているのです。

彼らとの会話は言葉ではなくテレパシーでした。彼らが言うには、ここにいる存在たちは皆、私そのものとのこと。

 

この存在たちが自分そのものであり、神様であるならば、私のことは何でもお見通しのはずだし、私を愛してくれているに違いない。そして私が知りたいことは、突き放したりせずに何でも教えてくれるはず。私は迷わずそう思いました。

 

そこで私は、なぜこんなにも悩まなければいけないのか彼らに訊ねました。すると彼らは、どうして私が悩むのか分からないと言うのです。そして、程なくして笑われました。

 

他人事だと思って失敬な――こっちは本気で悩んでいるのに――と抗議すると、苦悩する人生、それすらも自分で作っているのだよ――と言うのです。驚愕の事実に私は脳天に稲妻が落ちるような衝撃を受けました。

 

それじゃあまるで、塗り絵を塗ってるだけの人生じゃないか――と私が叫ぶと、そうだよ――と、彼らは笑うのです。私はそれを聞いて、心底拍子抜けしました。

 

そして、幽体離脱をして空中遊泳をしていた白黒の世界が四次元の世界であり、雲の上のようなこの世界が五次元の世界だと教えてもらいました。

 

私が朧気ながら何かを思い出しかけた時、目が覚めました。

残念ながらその日を境に金縛りや幽体離脱はしなくなり、別世界に行けることもなくなりました。

正確に言うと、眠れば向こう側の世界に行くのですが、目が覚める際、完全に記憶を消しているので、向こう側での体験は忘れてしまうのです。当時はあまりにも苦悩に満ちていたため、向こう側の計らいで、記憶を消さずに目を覚ましていたのだと思います。それは私の自殺防止のための苦肉の策、もしくは、こうして世に真理を伝えるためにも必要な体験だったのかもしれません。その日を境に、私の環境は大きく変わり始めました。

 

瞬く間に職場内の人間模様は変化し、今までの環境が嘘だったかのように人間関係でのストレスが消えてしまいました。これほど一気に現実が変わるものかと思いました。まるで狐につままれたような気分でした。

 

私はこの不思議で貴重な体験を忘れてはならないと思いたち、急いで体験談を書き下ろしました。そして、ホームページやブログを通して間髪入れずに体験談をアップしたのです。それから間もなくのこと、突然妻に、アップした記事を削除するように言われました。妻はそれまで私の作品をネットで見ることなどなかったのですが、そのときは、たまたま見たとのことでした。そして、理由はともかく、記事は消した方がいいと強く言われたのです。

 

私は納得がいきませんでした。こんな凄い体験を誰にも語らず封印するなんてもったいないし、これほどの神秘体験を忘れたくはない。だからこそ、大衆へ向けて発信することで、自分の中でも忘れることができない貴重な体験として残すことができる。そう強く思いました。

 

妻はそれでも消した方がいいと言うのです。私が渋っていると、私のパソコン宛に友人から一通のメールが届きました。今し方アップした例の記事内容を、今すぐ消した方がいいという内容でした。

 

どういうことだ……、これは一体何事だ……、不気味過ぎる……、私は奇妙に感じてきました。

そしてまたすぐ、今度は職場の同僚から電話があり、私は絶句しました。その電話の内容は、削除を促すものだったのです。

 

私はアップして間もなく、偶然それを発見したという三人から思わぬ指摘があったのです。これは目に見えない何かの強烈なメッセージなのだと確信し、その記事全てをネットから早急に削除しました。

 

これは今だから言えることですが、当時はまだ、しっかりとその事象を理解していなかったので、時期尚早だったのだと思います。答えだけ知っていて、問題を解く能力が無かったからです。

 

その後も、私が無意識で何か間違いを犯そうものなら、その寸前に助けられるかのような、思わぬ展開になることが多々ありました。

たとえば誰かとスピリチュアルな話をしていて、朧気ながらこの世の秘密の片鱗が見えそうになると、急に頭の中が真っ白になることがしばしばありました。

また、それを口に出そうとした瞬間、あからさまに唇を噛んだりすることもありました。

話そうとした瞬間、誰かに頭を叩かれたような痛みを急に感じたり、電話が鳴ったり、玄関のチャイムが鳴ったり、これは語るなということなんだと思わざるを得ませんでした。

究極は、父親が座っていた座椅子に付いていた二つのボタンが、父親の身体をすり抜けて私めがけて飛んできたときのことです。これは、その場にいたみんなが青ざめてしまうほど驚愕な現象でした。妻も隣で見ていましたが、言葉も出ないほどの衝撃を受けました。

 

それからしばらく経ったある日、スピリチュアルな知識も十分に深め、そろそろ良いかなと、例の記事をブログにアップしようとした時がありました。何度も編集を重ね、誰でも読みやすく、理解し易く記事を書きました。

ところがその記事をアップしようとした瞬間、パソコンがフリーズしたのです。二度ほどチャレンジしましたが、再びフリーズしました。私は意地になって再度アップを試みました。今度は誰に何と言われようとアップすると心に決め、誰からのバッシングも受け止める覚悟ですらあったのです。

しかし今度は、その記事が私のミスで完全に消えてしまったのです。それはほんの一瞬の出来事でした。時間を掛けて記事を書いたので、念のためコピーしようとし、記事を全選択したのです。それを過って全消去してしまった挙げ句、何を思ったのかその状態を保存してしまったのです。あまりのショックで私はその場に崩れ落ちてしまいました。

 

こうなってはもう諦めるしかありません。私は完全に、あの世での体験談を封印することにしました。